「音感がいい」が指しているもの
音感という言葉は、日常会話ではしばしば絶対音感と同義で使われる。単独で鳴った音を聞いて「これはド」と言い当てる能力を思い浮かべる人が多い。しかし音楽の実務でこの能力が要求される場面は、実は限られている。合奏で他の奏者と音を合わせるとき、聞いた旋律を楽器で再現するとき、あるいは自分の歌が伴奏から外れていないか確かめるとき、働いているのは音の名前を当てる力ではなく、2 つの音がどれだけ隔たっているかを捉える力である。音楽の現場で「音感がいい」と評されるときは、この隔たりを正確に捉える力を指していることが多い。音感を一つの能力として語ると、性質の異なるものが混ざってしまう。
音の高さの違いをどう数えるか
音の高さは周波数で表せるが、周波数の差をそのまま「隔たり」として扱うと直感に合わない。低い音域での 10 ヘルツの差はかなり大きく聞こえるのに対し、高い音域での同じ 10 ヘルツはほとんど区別できない。これは、人の耳が周波数の差ではなく比を手がかりにしているためと説明される。そこで用いられるのがセントという単位で、半音を 100 等分した 1 つ分を 1 セントと定める。ピアノの隣り合う鍵盤は 100 セント、1 オクターブは 1200 セントになる。この尺度なら、音域が違っても同じセント数がおおむね同じ隔たりの感覚に対応する。音程の細かさを議論するとき、セントが標準的に使われるのはこの性質によるものである。
人はどこまで細かい違いに気づけるのか
2 つの音を続けて聞いたとき、高さの違いに気づける最小の差は弁別閾と呼ばれる。この値は条件によって大きく動く。音を長く鳴らせば気づきやすくなり、短く切ると難しくなる。倍音を多く含む音色は手がかりが増えて有利に働くことがあり、周囲が騒がしければ成績は落ちる。同じ人でも音域によって値は変わる。Micheyl ら (2006) が純音と複合音の弁別閾をクラシックの音楽家と音楽経験のない人で比べた研究では、音楽経験のない人の弁別閾は当初は音楽家を大きく上回ったが、聞き分けの練習を重ねた別の音楽経験のない参加者では音楽家と同じ程度まで小さくなったと報告されている。この結果に沿えば、その差は生まれつきの固定値ではなく、聞き比べという課題への習熟も含んでいると考えられる。したがって「自分の弁別閾は何セント」と一つの数字で語ることはできず、測定の条件を揃えたうえで比べる必要がある。
聴力とは別の軸である
音感と聴力は混同されやすいが、測っている軸が異なる。聴力が問うのは、どれだけ小さな音まで聞こえるかという感度である。医療機関では防音室と校正された機器を用い、周波数ごとにぎりぎり聞こえる音の大きさを調べて記録する。一方の音感が問うのは、はっきり聞こえている 2 つの音の高さの違いに気づけるかという判断の細かさで、音の大きさは一定に保たれる。したがって聴力に不安のない人でも音程の弁別が得意とは限らず、逆もまた成り立つ。聞こえ方そのものに気になる点がある場合、音感の測定は判断の材料にならないため、耳鼻咽喉科で相談するのが適切である。
測定を環境に左右されないようにする
音を使う測定には、結果が耳ではなく機器の性能に大きく左右されるという落とし穴がある。とりわけ高い周波数の音は、端末の内蔵スピーカーでは十分に鳴らない場合があり、聞こえなかった原因が耳なのか機器なのか切り分けられなくなる。この問題を避ける方法は、絶対的な感度を測るのをやめ、相対的な判断だけを使うことである。同じ大きさ / 同じ音色で高さだけが違う 2 音を比べるなら、どちらが高いかという判断は再生機器の特性や音量設定にほとんど左右されない。使う音を中音域に収めておけば、端末の内蔵スピーカーでも安定して再生しやすい。測定の設計とは、こうして「測りたいもの以外が結果に混ざらない」条件を作る作業である。絶対的な感度を測る高い音の上限テストは、この切り分けができないため、結果を耳と機器の両方の上限として示している。
自分の記録として読む
音程の弁別は訓練で改善しうるが、その改善は課題への習熟と切り離しにくい。属性の分解の仕方が身につき、どこに注意を向けるべきかが分かってくると、同じ耳でも成績は上がりやすい。この点から、他人との比較よりも自分の推移を見る方が実用的だと言える。同じ条件で繰り返し測れば、体調や睡眠、時間帯や周囲の騒がしさが成績にどう響くかが見えてくる。MyRank の音感テストも、2 音の隔たりを少しずつ細かくしながら、聞き分けられた最小の差を記録する道具として用意している。数字の大小そのものより、自分の記録がどう動くかに目を向けると、測定は扱いやすくなる。