中央実行系のボトルネック

人間の認知アーキテクチャには根本的な制約がある。Pashler (1994) がまとめた心理的不応期 (PRP: Psychological Refractory Period) の研究によれば、2 つの課題が同時に反応選択段階を要求すると、一方は待たされる。これは中央実行系 (前頭前皮質の背外側領域) が単一チャネルのプロセッサーとして機能するためと説明される。この説明では、知覚段階と運動実行段階は並列処理可能だが、「何をするか」を決定する段階は逐次的に進む。デュアルタスク時の前頭前皮質の活動は、増大するというより、2 つの課題の間で時分割的に切り替わるとみられる。この見方に立てば、脳は真の並列処理というより、高速な逐次切り替えを行っていることになる。

タスクスイッチングコストの定量化

タスクを切り替えるたびに、認知的コストが発生する。このコストは 2 種類に分解される。第一に「切り替えコスト」: 新しいタスクセット (ルール、目標、反応マッピング) を作業記憶にロードする時間で、米国心理学会 (APA) の 2006 年の解説によれば、1 回あたりコンマ数秒と小さいこともある。第二に「残留コスト」: 前のタスクセットの干渉が完全に消失するまでの時間で、切り替えコストより長く続く。Rubinstein ら (2001) の実験では、課題が複雑になるほど、切り替えで失われる時間が大きくなったと報告されている。また、切り替え直後のトライアルではエラー率も上がりやすい。メールチェックのような「軽い」中断でも、元の作業へ完全に戻るまでには、しばらく時間がかかることがある。

コストの種類何が起きているか大きさ
切り替えコスト新しいタスクセット (ルール、目標、反応マッピング) を作業記憶にロードする時間小さい (切り替えごとにコンマ数秒のことも)
残留コスト前のタスクセットの干渉が完全に消失するまでの時間切り替えコストより長く続く
総作業時間の増加複雑なタスク間を切り替えながら進めた場合課題が複雑なほど大きい
エラー率の上昇切り替えた直後のトライアルで集中して起きる上がりやすい
中断からの復帰メールチェックのような軽い中断でも、元の作業へ完全に戻るまでしばらくかかることがある
タスク切り替えのコスト - 何をどれだけ失うか
切り替えコストと残留コストは切り替えのたびに発生するため、回数が増えるほど積み上がる。上の 2 行が切り替えごとに払う代償、下の 3 行が作業全体に現れる結果にあたる。

メディアマルチタスクと認知能力の関係

スマートフォン、テレビ、PC を同時に使用するメディアマルチタスクの習慣は、認知能力に長期的な影響を与える可能性がある。スタンフォード大学の Ophir ら (2009) の研究では、高頻度メディアマルチタスカーは、低頻度者と比較して無関係な情報に注意を奪われやすく、注意のフィルタリング能力も低いとみられることが報告された。また、作業記憶の容量テストでも劣る傾向がある。因果関係の方向 (マルチタスクが能力を低下させるのか、能力が低い人がマルチタスクに走るのか) は議論が続いているが、Loh と Kanai (2014) の研究では、メディアマルチタスクの頻度が高い人ほど前帯状皮質の灰白質密度が小さいことが報告されている。この領域は注意制御と葛藤解決に関与するため、構造の違いが機能の低さに関わっている可能性がある。

例外的な並列処理が可能な条件

すべてのマルチタスクが等しく非効率なわけではない。一方のタスクが高度に自動化されている場合、並列処理に近い状態が実現しうる。歩きながら会話する、音楽を聴きながら料理するなどは、運動制御が自動化されているため中央実行系の競合が生じにくい。Wickens の多重資源理論によれば、異なる感覚モダリティ (視覚 vs 聴覚)、異なる処理段階 (知覚 vs 反応)、異なる処理コード (空間 vs 言語) を使用するタスクの組み合わせは干渉が少ない。しかし、両方のタスクが同じ資源プール (例: 視覚的注意 + 言語的処理) を要求する場合、干渉が大きくなりやすい。スマートフォンを見ながらの運転が極めて危険な理由の一つは、両タスクが視覚的注意と判断を同時に要求することにある。

ながら作業の隠れたコスト

何かをしながら別のことを行う、いわゆるながら作業には、本人が気づきにくいコストが潜んでいる。たとえば歌詞のある音楽を聴きながら文章を書くと、言語をつかさどる脳の領域が二つの作業で取り合いになり、どちらの質も下がりやすい。一方、歌詞のない音楽のように、言語と競合しない刺激であれば影響は小さい。ながら作業が問題になるかどうかには、二つの作業が脳の同じ資源を奪い合うかどうかが大きく関わる。集中したい作業のときは、それと競合しない環境を選ぶと質を保ちやすい。

シングルタスクの実践と深い集中の獲得

マルチタスクの非効率性を理解した上で、シングルタスクを実践するための具体的方法がある。タイムブロッキング (時間帯ごとに単一タスクを割り当てる) は、タスク切り替えの頻度を最小化する。ポモドーロ・テクニック (25 分集中 + 5 分休憩) は、集中の持続可能な単位を提供する。環境設計としては、通知の完全遮断、作業に無関係なタブの閉鎖、物理的な作業空間の区分けが役立つとされる。深い集中 (ディープワーク) の状態に入るまでには、ある程度の助走期間がかかるという見方がある。この助走期間を頻繁に中断されると、深い集中に到達できないまま一日が終わることもある。MyRank のテストにおいても、テスト前に 5 分間の単一タスク集中 (呼吸に注意を向けるなど) を行うと、残留する切り替えコストが減り、落ち着いた状態でテストに臨みやすい。