チョーキングの二つの理論
プレッシャー下でのパフォーマンス低下を説明する理論は大きく 2 つある。注意散漫理論 (distraction theory) は、プレッシャーが不安や自己関連思考を生み、これが作業記憶の容量を占有して課題処理に使える資源が減少すると説明する。この理論は、主に認知的に複雑な課題 (数学など) でのチョーキングの説明に用いられる。一方、明示的監視理論 (explicit monitoring theory) は、プレッシャーが自動化された運動スキルへの意識的注意を誘発し、本来無意識に実行されるべき動作が「脱自動化」されると説明する。この理論は、主に運動スキル (スポーツ、タイピング、エイム) でのチョーキングの説明に用いられる。MyRank のテストでは両方のメカニズムが関与しうる。二つの理論の区別に当てはめると、反応時間テストでは明示的監視が、色知覚テストでは注意散漫が関わりやすいと考えられる。重要なのは、チョーキングは能力の欠如ではなく、能力の発揮を妨げる心理的プロセスであるという点である。
自己意識と運動制御の脱自動化
タイピングやエイムのような高度に自動化されたスキルは、基底核の手続き記憶として格納され、意識的制御なしに実行される。しかし明示的監視理論では、「うまくやらなければ」という自己意識が生じると、前頭前皮質が運動制御に介入し始めると考える。この介入は、自動化された滑らかな動作シーケンスを個別の要素に分解し、各要素を逐次的に監視 / 制御しようとする。結果として、動作の流暢性が失われ、タイミングのずれやエラーが増加する。ピアニストが「指の動きを意識した瞬間に弾けなくなる」現象も、同じ仕組みで説明されることがある。Lee と Grafton (2015) の fMRI 研究では、高額の報酬がかかった訓練済みの運動課題で、失敗の直前に背外側前頭前皮質の活動と運動野との結合が増えていたが、結合の増え方が小さい人ほど失敗しやすかったと報告されている。著者らはこの結果を注意散漫による説明に合うとしており、明示的監視理論とは別の見方である。明示的監視理論に沿えば、意識的な監視が自動化された動作を崩すことが、「練習では出来るのに本番では出来ない」の一因と説明される。
プレッシャー耐性の個人差と予測因子
同じプレッシャー状況でもチョーキングの程度には大きな個人差がある。予測因子の一つとして「自己意識特性 (self-consciousness trait)」が調べられてきたが、Baumeister (1984) の実験では、ふだんの自己意識の傾向が低い人の方が、高い人よりもプレッシャーで成績を落としやすかったと報告されている。別の予測因子として挙げられるのが「再評価能力」で、プレッシャーを脅威ではなく挑戦として解釈できる人は、コルチゾール反応が抑えられ、チョーキングが生じにくいとされる。数学の課題では作業記憶容量も関わるとされ、その向きは直感に反する。Beilock と Carr (2005) の数学の問題を使った研究では、プレッシャーで成績が下がったのは作業記憶容量が大きい人だけで、その低下も作業記憶への負荷が最も高い問題に限られていたと報告されている。著者らは、普段の高い成績を支えている作業記憶の容量をプレッシャーが奪うためと考えている。作業記憶容量が小さい人の成績は、この研究ではプレッシャーで下がらなかった。
プレッシャー耐性を高める訓練法
チョーキング耐性は、ある程度は訓練で高められる。効果的とされる方法の一つが「プレッシャー下での練習 (pressure training)」であり、練習段階から意図的にプレッシャーを導入する。具体的には、練習中に他者の観察を受ける、スコアを公開する約束をする、金銭的インセンティブを設定するなどの方法がある。これにより、プレッシャー下での遂行が「慣れた状態」となり、本番での新奇性が下がると考えられている。第二の方法は「外的焦点の訓練」である。自分の身体動作 (内的焦点) ではなく、動作の結果や環境 (外的焦点) に注意を向ける習慣を形成する。タイピングなら「指の動き」ではなく「画面上に現れる文字」に注意を向ける。エイムなら「手の動き」ではなく「カーソルとターゲットの距離」に注意を向ける。外的焦点は、自動化された運動制御を保ち、明示的監視を起こしにくくするとされる。第三に、プレテスト・ルーティンの確立がある。一定の準備行動を儀式化することで、注意を不安から手続きに移行させる。
MyRank テストでのチョーキング対策
MyRank のテストでも、自己ベストの更新を意識した瞬間にチョーキングが生じることがある。対策として、まず「結果への執着を手放す」認知的再構成が手がかりになる。「今回のスコアは自分の価値を決めない」「これは現在の状態の測定に過ぎない」と明示的に自己教示する。次に、注意の焦点を「スコア」から「プロセス」に移す。反応時間テストなら「速く押す」ではなく「刺激の色の変化を見る」というプロセスに集中する。タイピングテストなら「速く打つ」ではなく「次の単語を読む」に集中する。この焦点の移行は、自己監視を抑え、自動化を保つ助けになる。また、テスト中に「遅い」と感じた試行があっても、それに対する評価的思考を追わず、次の試行に注意を切り替える。過去の試行への反芻は作業記憶を占有すると考えられ、以降の試行のパフォーマンスを連鎖的に下げることがある。1 試行ごとに注意をリセットする「マインドフルネス的態度」が、安定したスコアにつながりやすい。