シナプス可塑性の基本原理

脳の可塑性の基本的なメカニズムの一つが、シナプス可塑性である。ヘブの法則 (Hebb's Rule) が示すように、同時に発火するニューロン間の結合は強化される。具体的には、繰り返し使用されるシナプスでは、AMPA 受容体の数が増加し、シナプス後電位が増大する。これが長期増強 (LTP: Long-Term Potentiation) と呼ばれる現象で、学習と記憶の細胞レベルでの基盤の一つと考えられている。逆に、使用されないシナプスは弱体化し、最終的には刈り込まれる (シナプス刈り込み)。この「使うか失うか」の原則により、頻繁に活性化される神経回路は効率化され、不要な回路は除去される。トレーニングとは、特定の神経回路を選択的に強化するプロセスに他ならない。

ミエリン化と処理速度の向上

反復練習によって神経回路の処理速度が向上する仕組みの一つとされるのが、ミエリン化 (髄鞘形成) である。ミエリンは軸索を包む脂質の鞘で、電気信号の伝導を大きく速める。オリゴデンドロサイト (ミエリンを形成するグリア細胞) は、頻繁に使用される軸索に優先的にミエリンを巻き付けると考えられている。ピアニストの練習時間と白質 (ミエリンが豊富な領域) の密度に正の相関を報告した DTI (拡散テンソル画像) 研究がある。ミエリン化は時間をかけて進み、一度形成されると比較的安定して維持される。これが「一度身につけたスキルは忘れにくい」理由の一つとみられる。

成人の脳における神経新生

かつて成人の脳では新しいニューロンが生まれないと考えられていたが、1990 年代以降の研究により、海馬の歯状回と嗅球では成人期にも神経新生が起こることが報告された (成人のヒトの海馬については Eriksson ら、1998 年)。海馬の神経新生は学習と記憶、特にパターン分離 (類似した記憶を区別する能力) に重要な役割を担うとみられる。有酸素運動、環境の豊富化 (新しい経験や刺激)、適切な睡眠は神経新生を促すと考えられている。一方、慢性ストレス、睡眠不足、社会的孤立は神経新生を抑える方向に働くとされる。認知トレーニングの効果を引き出すには、トレーニング自体だけでなく、神経新生を支える生活環境を整えることも大切になる。

効果的な学習の神経科学的条件

神経可塑性を活かすための条件には、次のようなものがある。第一に、注意を集中させることが重要になる。注意を向けた刺激で可塑的な変化が起きやすいことが、動物実験で報告されている (サルの聴覚野については Recanzone ら、1993 年)。「ながら練習」の効果が上がりにくいのも、このためと考えられる。第二に、適切な難易度設定が重要で、簡単すぎる課題では可塑性が誘導されにくく、難しすぎると学習が成立しにくい。成功が多く、ときどき失敗する程度の難易度がよいとされる。第三に、睡眠中の記憶の固定化が重要で、学習後の睡眠中にシナプス結合が組み替えられると考えられている。第四に、間隔を空けた反復 (分散学習) が集中学習よりも長期的な定着に優れることが、多くの研究で報告されている。

睡眠が学びを定着させる

脳の可塑性による変化は、学習したその場だけで完成するのではなく、その後の睡眠によって定着するとされる。日中に新しく学んだことや練習した動きは、眠っている間に脳内で整理され、必要な結びつきが強められると考えられている。十分な睡眠をとった翌日に、前日できなかったことが急にうまくいく経験は、この定着の表れとみられる。逆に睡眠を削ると、せっかくの学習や練習の効果が十分に固定されにくい。学ぶことと眠ることは、可塑性を活かすうえで一続きの過程である。

可塑性の限界と個人差

神経可塑性には限界がある。シナプスの基本的な構造や脳領域間の接続パターンのように遺伝の影響を受ける部分は、トレーニングだけでは大きく変えにくいと考えられている。これが同じトレーニングを行っても個人間で効果に差が生じる理由の一つとみられる。また、可塑性は年齢とともに低下する。幼児期の「臨界期」には劇的な可塑性が見られるが、成人期以降は変化の速度と幅が制限される。しかし、完全に失われるわけではなく、適切な条件下では生涯を通じて可塑的変化が可能である。重要なのは、遺伝的な上限の存在を認めつつも、多くの人はその上限に達していないと考えられることである。適切なトレーニングにより、現在の能力と遺伝的上限の間の差を縮められる余地がある。