正規分布はなぜ「正規」なのか

正規分布 (ガウス分布) は、自然界と社会現象の多くに現れる確率分布である。 身長、体重、IQ テストのスコア、測定誤差など、多数の独立した要因が 加算的に作用する現象は正規分布に従う傾向がある。 これは中心極限定理によって数学的に保証されている。

「正規」という名称は、この分布が「標準的」「規範的」であることを意味しない。 歴史的に最も早く研究され、最も広く応用されたために「正規」と呼ばれるようになった。 実際には、所得分布、都市の人口分布、地震の規模など、 正規分布に従わない重要な現象は数多く存在する。

68-95-99.7 ルール

正規分布の最も実用的な性質は、平均からの距離と確率の関係が一定であることだ。 平均 ± 1 標準偏差の範囲に全体の 68.3% が、± 2 標準偏差に 95.4% が、 ± 3 標準偏差に 99.7% が含まれる。これを「68-95-99.7 ルール」と呼ぶ。

身長は、この性質がよく当てはまるデータの代表例である。 日本人男性の平均身長 171.0 cm、標準偏差 5.5 cm とすると、 182 cm の人は平均から約 2 標準偏差上に位置し、上位約 2.3% (97.7 パーセンタイル) となる。 正規分布を仮定できるデータでは、平均と標準偏差の 2 つの値だけで 任意のパーセンタイルを正確に計算できる。

平均からの距離と、範囲に入る割合・上位何パーセント・パーセンタイル・偏差値・身長の対応表
平均からの距離この範囲に入る割合上側だけの割合 (上位)パーセンタイル偏差値身長の例
± 1 標準偏差 (5.5 cm)68.3%約 15.9%84.160176.5 cm
± 2 標準偏差 (11.0 cm)95.4%約 2.3%97.770182.0 cm
± 3 標準偏差 (16.5 cm)99.73%約 0.13%99.8780187.5 cm
「上側だけの割合」は範囲から外れた分を上下に半分ずつ振り分けた値で、 上下の両側を合わせるとその 2 倍になる。 偏差値は平均 50・標準偏差 10 に置き直した目盛りなので、 平均そのものは上位 50%・パーセンタイル 50・偏差値 50 に対応する。 身長の列は日本人男性の平均 171.0 cm・標準偏差 5.5 cm を当てはめた場合の上側の値で、 本文の 182 cm はこの表の 2 段目に当たる。 この対応関係が成り立つのは分布が正規分布に近いときだけで、 所得のように右へ長い裾を持つデータには使えない。

正規分布が成り立たないケース

所得分布は正規分布に従わない代表例である。 所得は下限が 0 (負にならない) で上限がなく、右に長い裾を持つ。 このような分布は対数正規分布やパレート分布でモデル化される。 正規分布を仮定して所得のパーセンタイルを計算すると、 上位層の所得を過小評価し、下位層を過大評価する。

所得の順位を正しく測るには、正規分布を仮定した換算をそのまま 当てはめるのではなく、分布の実際の形を踏まえる必要がある。 データの分布形状に応じて適切な統計モデルを選択することが、 正確なランキング計算の前提となる。

標準偏差の直感的な理解

標準偏差は「データのばらつきの大きさ」を示す指標だが、 直感的に理解しにくいと感じる人は多い。 最も簡単な理解法は「典型的な個人が平均からどれだけ離れているか」と捉えることだ。

身長の標準偏差が 5.5 cm ということは、ランダムに選んだ 1 人の身長は 平均から約 5.5 cm 以内に収まることが「普通」(68% の確率) であることを意味する。 平均から 11 cm (2 標準偏差) 以上離れていれば「かなり珍しい」(5% 未満)、 16.5 cm (3 標準偏差) 以上なら「極めて稀」(0.3% 未満) と判断できる。

ランキングと正規分布の実践的な関係

正規分布に従うデータでは、パーセンタイルの「密度」が中央付近で最も高い。 つまり、50 パーセンタイル付近では小さな値の変化で順位が大きく動くが、 1 パーセンタイルや 99 パーセンタイル付近では大きな値の変化でも順位はほとんど動かない。

これは実感と一致する。身長 170 cm と 172 cm の差は順位に大きく影響するが、 190 cm と 192 cm の差はほとんど影響しない。 ランキングの「1 位の重み」は分布の形状によって異なることを理解しておくと、 自分の位置の変動に一喜一憂せずに済む。